私、随分前から、この方のつぶやきが、
大変共感、共鳴できて、
こんなふうに簡潔に的を得て言語化できる方がウラヤマシイとさえ。
145カ国で最も仕事のやる気がない日本人 | アゴラ 言論プラットフォーム
https://agora-web.jp/archives/250814220819.html
この業界、何やかやで入ってみるとよくわかるのが、
まずもって「絶望」に直面するって事実。
基本知識を身につけるだけで、
一体どれだけのリソースを費やさねばなのか。
新人のうちは特に、
まずは環境整備や習慣づけを、
望ましい程度でハードルを極力下げてで構わないからと、
私自身言ってるし、ソレは間違いじゃないと思ってる。
でも、そこから先は、
どうやっても自分次第となる。
24時間365日、一緒に張り付いて横にいて、
適宜、助言等の声かけなど、
とても個別に一人一人やるのは不可能なのだから。
なんかね、この方の言葉をお借りすれば、
「頑張らない働き方」
なんて現実があるのかといえば、
(一定以上になるまでは)
ない!って明言すべきなのかもしれない。
自然と自動的に、そうなってしまってるのが「理想」ではあるものの、
そんな流れを作り、なおかつ加速してしまっていく状態に、自分で自分をもってくためには、
恣意的に個別に自分向けに、自分でカスタマイズする他ないのだから。
もっと言えば、
上記の「理想」状態にまでもっていくためには、
根幹部分がちゃんと定まっていなければ、絶対にたどり着けない。
行動の起点の時点で、
そこまで夢中に特化できるだけのヤリタイ事として、
アナタ自身が腹落ちしてたどり着いているのか?って根っこの部分ね。
(ま、最初から定まってる人は皆無なので、行ったり来たりしながらが現実かもだけど)
タイパだコスパだと、
アホみたいにアレコレと、ジタバタもがく事自体、
無駄とか無意味とか考え始めたら、
もう何一つ動くこともできなくなる。
アッチ行って、コッチ行って、
あんな経験して、こんな思いして、
嫌な思いも散々してきて、
初めて、自分は「ココは絶対に嫌」なんだって、
初めて腹落ちして理解できる。
で、
じゃ、どうしたら?…に繋がって動き始める。
逆の言い方すれば、
「絶対に嫌」って思いすらしたことナイのは、
ジタバタすらしてきてないから。
(そういうヤツを「ツマンナイヤツ」っていう)
そりゃ、やりたくない事→ヤリタイコトなんて、フツーはなかなか見つからない。
(イチローや大谷翔平みたいなのは、レアケースね。苦笑)
だから、
全然足りてないうちは、
相手にナメられるし、
相手にされない。
長い前振りを終えて、やっと基準値の話に行く。苦笑
上述を踏まえたうえで、
「自分は十二分にやっている…」なんて思ってる人ほど、基準値的には圧倒的に足りてない。
技能実習生や特定技能外国人に、私はマッチング時点で、いつも、こう指導しています。
「評価するのはアナタじゃない、社長だから、そこを勘違いしないように…」って。
自分はこんなにも頑張ってる…それは、自分基準。
仕事の評価は、いつだって自分じゃなくて、評価する側が判断する。
同じなんですよね。
「ボク、頑張ってるじゃないですか!」って言ってる人(内心思ってる人)は、
そりゃ、ナメられて当然ですよね。
少なくとも、プロとはみなされない。
「仕事=お金を頂いている責任」ってのは、果たされてナンボ。
プロとして相手にみられるための努力なんて、努力以前にしていて当然の費やす労力。
そもそもが、目の前に相手がいるのに、
その相手に必要最低限はもちろん”十二分に”尽くせなかったら、
自分の沽券(プライド)にかかわる。
こういうのを、昭和生まれの人たちは、「根性」って教わり、実体験してきているんです。
そりゃ、言葉の重みは異なりますよね…受け取る相手側にしたら。
頑張る事…に対しての、創意工夫なのかな。
『努力は正しくする事』こそ、
今、求められているのかもしれませんね。
特に、今の時代こそ、速攻で一人前にならねばな方々ばかりでしょうから。
追伸
そういった目に見えない過程を踏んできた人じゃないと、
この先、誰からも応援されない=自己承認欲求を満たしてくれる他人は、一向に現れないのかもしれません。
受け手である相手は、自然と見事に的を得て、察しますからね。
(苦労は買ってでもしろ!ってことわざは、こういう意味を指しているのかもしれない)
————————————————————–
*こんな私から様々な企画、案内が届きます。
フツー、一般的には流れない案内ばかりなので、オモロイっすよ。
メルマガ登録はコチラ。
自分で言うのもなんですが、”目覚めたい業界人”は、登録しとくと良いと思います。
————————————————————–
コメント