私はこれでも、時折、我が身が何様だと振り返るよう気をつけているつもり。
そういう時は、色々好き放題言ってるけど、どれもこれも「上から目線」にしか聞こえないのかなあと、
ふと客観的に、見る側、聞く側、読む側にとっては、そうとしか感じない方もいるのだろうと想像するときがある。
ただ、ふとこの前思ったのは、どちらが上から目線なのだろうか?ということ。
今回、謙虚とは真逆の「もっと上から目線の視点」から書いてみます。
経験のない方、現実を知らない方、実態をわかっていない方、
一部分しかわかっていない方などが、
こぞって見えない落とし穴に、並んでキレイにハマりこんでいく姿を、
何度も見聞きしていると、
たとえ上から目線と思われようが、伝えるべきを伝えるのは、
やっぱり人として人間社会として、ごくごく自然な行為に過ぎない。
親が我が子可愛さに、危ない事はしちゃいけないよと諭すように、
大人は子供に、先輩は後輩に、成熟した方は未熟な方に、様々良かれと助言するように、
気づいた人が、気づいていない人へ。
知ってる人が、知らない人へ。
わかっている人が、わかっていない人へ。
無知の知って言葉も使うけど、
はたして自分が無知だと意識できている人は、どの程度いるのだろう。
(無論、私も含めてです)
そんな無知の人に対して、せっかく先輩が知を教えてくれてるのに、
そんな言葉を無視して、あまつさえ
「相手の足を引っ張りたいから余計な口うるさいコトを言ってるだけなんだろう…」
「なんかムカつくから聞く気にならない…」
「自分を偉そうに見せたいだけなんじゃないか…」
なんて受け止められているとしたら、
やっぱりナニサマはどちら側のことを言ってるのかと感じます。
もちろん、伝えている側にも問題はあります。
届くように、響くように伝えるタイミングや伝え方が配慮されていないと、
相手にとっては正に「余計なお世話」としか受け止められない。
「実るほど頭を垂れる稲穂かな」といった人間性もまた、伝わってくるものがなければ、響かない。
もう一つ、
学歴がなく社会で苦労した方が、
我が子に同じ想いをさせたくはないと思い良かれと高学歴を押し付けたとしても、
それでその子が幸せかどうかはわからず、
もしかすると親のマスターベーションに過ぎない…
こういう場合も十分あり得る。
正に親切心は余計なお世話としかならないケース。
しかしながら、
段取り八分という言葉もあるように、
伝える前に、アナタがどういう人で、アナタが何のために言葉を発しているのか、
その相手との関係性が適切十分にできていると、
先の懸念はビックリするほど消え去り、伝わり響くことになる。
これ、別に、私とアナタのことを言っているだけではありません。
どちらかと言えば、
アナタと受入先、
アナタと外国人の若者達、
のことも同じことが言えます。
人と人の関係性って難しい部分もありますが、
根っこさえ自然と上手く育めていれば、
相手は自分の言葉を素直に受け止め、理解し、咀嚼し、自ら判断するようになります。
問題は一つだけ。
どうあがいても、相性ってあります。
合う合わないってヤツです。
もちろん許容範囲の広い方、対応力の優れた方は、かなりケアできるとしても、
100人が100人と関係性を十二分に育めるものではありません。
私は決して器用なタイプではなく、
むしろ空気を読めずにナゼか暴言を吐くタイプなので、
余計にこの関係性なくして、伝えられないし、響かせられません。
ただ、上から目線になっていないよう、時折振り返ることも、忘れないようにしたいと改めて感じた次第。
特に無知が際限なく広がり続けるこの業界に居るならば特に。
そう、私はもっともっと諸先輩方に、皆様に教えていただきたいことが山ほどあるから。
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自分で言うのもなんですが、業界人は特に、無料登録しとくと良いと思います。
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