世界(米国と日本)の大きな流れについて考えてみた。
トランプ大統領が選挙に勝ち、
実務を執行していく様々な言動から、
「優しすぎた社会」から「強い社会」へと揺れ戻っているように感じる。
いったん極端に右に振れて、左に行き過ぎたバランスを戻そうって感じ?
多様性、許容、包括の理想が先行し過ぎて、
現実は、マイノリティの為に、マジョリティが多様なリスクを背負いコストを負担するのが大き過ぎるのでは?って話?
それは、少し昔に戻るということなので、
強さ、優れてる、勝つ…が正義であり目指す世界で、
弱さ、劣ってる、負ける…は悪というか人じゃないというか。
そんな感じの価値観や社会へのマジョリティ&競争至上主義的な軌道修正なのか?
ただ、
分断は間違ってる…って答えが歴史的にも立証されてるから、
自然と落ち着くとこに落ち着いていくとは思いますけど、
(そこまで米国の官僚的な方々も頭悪いはずがないと)
千年スパンでほとんど進化してない人の脳にしたら、
動物脳の感情論的に、右へ左へ揺れ動いてバランスを取ろうとするのも、人の歴史。
どれだけのスパンがかかるかは、人の質の問題であり、多数が一定以上に底上げされてるかどうか。
もう一つ、
日本と米国とでは違う色合い、異なる道を歩もうと進むのは、
コレ、国民性の違いかと。
日本は和の文化・歴史の重みが土台にあるので、
強い→豊か→楽しい…と道を進めようと動いているものの、
米国はアウフヘーベンの道を歩むのではなく、
少し元に戻ろうとしてる…って違い。
日本で言えば、アウフヘーベンなんて理想は、具現化できるかどうかが問題。
米国も、右へ左へ行きながら、前に進んでいるのだろうけれども、
表面化する言動を見れば、やっぱりテイストは異なっている。
ココも国民の質と、その質のマジョリティ度合いに大きく依存してる。
コロナの時に、
「国民の民度のレベルが違う」
と豪語した麻生さんの言葉も思い出す。
列にきちんと並ぶ。
ゴミは道端に捨てない。
オモテナシ的な性質は相対的にデフォで強く持っている。
モラルや常識、慣習の成熟度合いは、
確かに他国と比べて日本は異なる面が多い。
※一部に残念なアホがいるのはどの国でも同じだけど。
ただ、これだけ世界との距離が縮まっている今、相関的に振り回される影響はかなり強い。
=隣の家の顔色も多少なりとも配慮しないと我が家の将来も明るくはできない。
であるならば、
相手も自然と頭を下げたくなるような付き合い方をしていなきゃならない。
決して安直な強制力の行使ではなくて。
それが、Win-Winというアウフヘーベン。
それができるだけの成熟した人間、国家でなくては、それこそ絵に描いた餅でしかない。
この先、民度の違い、成熟度合いの違いが、
人の本質的に敬意を払われ求められてやまない度合いが高まれば高まるほど、
日本が生き残ってしまう流れにあるのかもしれない。
ただし、強さ、たくましさ、問題を乗り越える力などの男性的な面もまた、
日本は、より一層合わせ持つ必要があるようにも思う。
私達が選択して目指して歩んでるアウフヘーベンな世界とは、
決して右か左か、男性性か女性性かではなくて、
厳しさの中にも優しさがあるような、
そんな世界を目指してるんだと思いたい。
優しさだけでもダメだし、厳しけりゃいいってもんじゃないって、
私達は既に分かってる事なんだから。
追伸
その為の歩み方として、
北風と太陽的な、
天の岩戸的な、
自然と無理なくついついそう動いてしまっていた先が、
結果として求めてやまない世界へとたどり着いていた…って歩み方であって欲しいと願う。
そして、そんな歩み方で、この先も手段をアレコレ進めて行きたい。
追々伸
だから、この業界は、現場ごとに一つ一つの世界平和を実現すべく走り続けてるって思う。
敬愛の念が絶えるハズもない。
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自分で言うのもなんですが、業界人は登録しとくと良いと思います。
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